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熊本地方裁判所 昭和30年(ワ)393号 判決

原告 国

被告 本田清次 外二名

主文

被告等が昭和二十七年十月一日別紙目録記載の不動産につき、訴外田中保との間になした売買は之を取消す。

被告等は別紙目録記載の不動産につき、熊本地方法務局玉名支局昭和二十七年十月十七日受附第二、一二四号を以つてなした右売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として「別紙目録記載の不動産は訴外田中保の所有であつたところ、同訴外人は昭和二十七年十月一日これを被告等に売渡し、熊本地方法務局玉名支局同月十七日受附第二、一二四号をもつて被告等のために所有権移転登記をなした。しかし乍ら田中保は昭和二十七年十月一日現在において原告に対し昭和二十三年度所得税金二百八十六万六千三百九十五円、加算税金百六万五百三十一円、昭和二十四年度所得税金六十二万三千九百六十六円、加算税金二万七千七百二十円、追徴税金二十九万三千五百円以上合計金四百八十七万二千百十二円の租税債務を負担しており、これを担保する充分な資産を有していないに拘らず、右国税の滞納処分による差押を免れるため、故意に本件不動産を被告等に売渡したものであるから、原告は国税徴収法第十五条により被告等に対し右売買の取消を求めると共に、その所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだ」と陳述し、被告等の抗弁に対し「被告等が本件不動産を買受けるに当り、詐害の事実を知らなかつたとの点は否認する。尚原告が訴外田中保に対する滞納処分を執行するに当り(但し着手は昭和二十七年十月十四日)、被告等主張の如く同月十八日に至り本件不動産が被告等に売渡されていることを知つた事実はこれを認めるが、詐害行為取消権の消滅時効は債務者が債権者を害することを知つて法律行為をなした事実を債権者に於て知つたときから進行するものと解すべきではなく、受益者又は転得者の悪意をも知つたときより進行するものと解すべきところ、原告はその後調査の結果、昭和二十九年五月頃に至り初めて被告等が本件売買当時田中の詐害行為につき悪意であつたことを知つたのであるから、その時効は早くとも同月頃より進行すべく、しかして原告は昭和三十年九月九日本訴を提起したので右時効は中断した。従つて被告等の抗弁はいずれも理由がない」と述べ、立証として甲第一乃至第二十二号証(第四号証は一乃至三)を提出し、証人永田忠雄、同杉本繁、同村上英哲、同磯谷安政の各尋問を求め乙第一号証の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「被告等が原告主張の日、訴外田中保より本件不動産を買受け、主張の日その所有権移転登記をなしたことはこれを認めるが、原告が田中に対しその主張のような租税債権を有することは知らないし、田中が右租税債権に基く滞納処分による差押を免れるため故意に本件不動産を被告等に売渡したことは否認する。」と述べ、抗弁として「仮りに田中が差押を免れるため故意に本件不動産を譲渡したものであるとしても、譲受人である被告等は当時その情を全く知らなかつたのであるから原告から右売買の取消を請求される理由はないし、又仮に被告等においてその情を知つていたとしても原告は同訴外人に対する国税滞納処分の執行をなすべく、昭和二十七年十月十八日頃熊本地方法務局玉名支局に於て本件不動産の差押をなさんとした際、該不動産が既に被告等に売渡され、その旨所有権移転登記が完了していることを知ると同時に、当時田中保には右不動産以外にその国税の支払を担保すべき資産がなく、田中の右売買が原告の滞納処分による差押を免れるため故意になされたものであることを覚知したのであるから、その時より起算して二ケ年の経過により原告の右詐害行為取消権は本訴提起前既に時効完成し、消滅に帰したので原告の本訴請求は理由がない。」と陳述し、立証として乙第一号証を提出し、証人井上勲、同田中保、同三山政次郎及び原告本人本田清次、同徳永直人の各尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

被告等が昭和二十七年十月一日訴外田中保より本件不動産を買受けて同月十七日熊本地方法務局玉名支局受附第二、一二四号をもつてその旨所有権移転登記をなしたことは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一号証によると訴外田中は右売買の行はれた同月一日現在において原告に対し原告主張の通り金四百八十七万二千百十二円の租税債務を負担していたことが認められる。

そこで先づ右田中の本件不動産の売買がその国税の滞納処分による差押を免れるため故意になされたものであるか否かについて検討するに、甲第一号証及び証人村上英哲、同井上薫、同永田忠雄の各証言を綜合すれば、原告は昭和二十七年頃訴外田中の昭和二十三年度分未納所得税約二十万円につき同人所有の有体動産に対し滞納処分手続を行つていたが、更に同訴外人において昭和二十三、四年度分の所得税につき脱税の疑いありとして査察の結果、同二十七年七月頃田中に対し前敍金四百八十七万二千百十二円の所得税追加更正決定をなしたことが認められ、成立に争いない甲第四号証の二、三、同第十二号証、同第十六号証並びに証人田中保(後記措信しない部分を除く)、同杉本繁の各証言及び前顕村上証人の証言によると、訴外田中保は右追加更正決定がなされた当時、他に、四、五百万円に上る債務を負担しており、これが支払いもできない状態であり、本件不動産の外熊本市内等に数筆の不動産を所有していたけれども、その総価格をもつてしても到底前敍国税を担保するに足りなかつたことが認められる。しかして右認定の事実と成立に争いない甲第五、六号証、同第十一号証、同第十七号証、同第十九乃至二十二号証の各記載及び前顕永田証人の証言、同田中証人の証言(但し、後記措信しない部分を除く)とを併せ考えると、訴外田中保は昭和二十一年頃から個人で印刷業を営み、同二十四年十月頃から田中印刷紙業株式会社を設立して印刷業を続けていたところ、昭和二十六年頃前敍国税の脱税の疑いにより査察をうけるに至つてからは、その経営も思わしくなくなり、各債権者からは厳しく督促を受けていた折柄、昭和二七年初頃からは同人の未納所得税につき滞納処分手続が開始され、之に加えて同年七月頃には前敍四百八十七万二千百十二円に上る昭和二十三、四年度所得税追加更正決定をうけるに至り、その頃所有していた前掲各不動産は次々に他に譲渡せられるようになつたが、本件不動産は前敍印刷業の事業所として使用していた関係上、之を手離すときは右事業の根拠を失うこととなるところから、田中はこれに強い執着を持ち、これを放置していると早晩本件不動産も亦他の債権者或は前敍国税の滞納処分により差押をうけるに至ることを恐れて、比較的懇意であつた被告等に対し、当時負担していた約百五十万円の貸金債務の担保としてこれを譲渡することによつて、同人等に対する義理を立てると同時に、将来これを再び自己の手中に取り戻すことを意図して、急遽三年以内に買戻し得る特約の下に本件不動産を被告等に対し売買名義で譲渡したものであることが認められ、右認定に反する証人田中保、同三山政次郎及び被告本人本田清次の各供述の一部並びに甲第十六号証の記載の一部は前顕各証拠と対比して未だ信用するに足らず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定の如き事実であるとすれば、田中は前敍国税の滞納処分による差押を免れるため故意に本件不動産を被告等に譲渡したものと認めざるを得ないところである。

次に被告等は本件不動産の売買に際し、田中が右国税の滞納処分による差押を免れるため故意にこれを譲渡するものであるとの情を知らなかつた旨主張するのでこの点について検討するに、証人三山政次郎及び被告本人本田清次、同徳永直人は被告本田及び同徳永並びに本件売買につき被告三山進のためにその交渉をなした同被告の養父三山政次郎は、何れも右売買の際、訴外田中が本件国税を負担していた事実及び同人がその滞納処分による差押を免れるために本件不動産を被告等に譲渡しようとしたものであるとの事実を知らなかつた旨供述しているが、これらの供述は何れも成立に争いない甲第十三乃至第十五号証、同第十八号証の各記載に照し俄かに信用し難く、他に右事実を認定するに足る証拠はないから被告等の右主張は採用することはできない。

そこで原告は被告等に対し本件売買は田中保が滞納処分による差押を免れるため故意になしたものとして、国税徴収法第十五条によりその取消を求め得べきものであるところ、被告等は右取消権は二ケ年の時効完成により消滅したと主張する。しかし乍ら右詐害行為取消権については国税徴収法に民法第四百二十六条の如き消滅時効についての規定がないから、民法の右規定の適用ありや否やについては疑問がある。そこで進んでこの点につき考察するに、国税徴収法第十五条の詐害行為取消権は、債権の対外的効力の一として債務者がその一般財産を積極的に減少せしめる、為をなした場合に、この行為の効力を奪つてその減少を防止する趣旨のもとに定められた民法第四百二十四条の詐害行為取消権とその立法の趣旨を同じくして認められたものであるから、この点に於て両者を区別すべき理由はなく、本件取消権についても民法第四百二十六条の短期消滅時効の規定が当然類推適用されるべきであるとの見解も一応立ち得るのであるが、民法所定の詐害行為取消権により保全せられる債権は私法上の債権であるのに対し、本件取消権の保全債権は国家財政の基礎を確保するため一般私法上の債権に対し徴収上の優先権が附与されている公法上の債権たる租税債権であり、又その発生要件についても民法に於ては単に債務者が一般的に債務超過となること又は之を助長することを認識してなした法律行為の取消を認めているのに比し、国税徴収法に於ては滞納者が滞納処分による差押を免れることを目的としてその財産を譲渡したときに限りこれを取消し得るものとして、その間に差異の存すること、民法所定の詐害行為取消権と類似し、同じく私法上の権利を保全することを目的とする信託法第十二条破産法第七十二条乃至第八十六条、商法第百十八条、第三百四十条、会社更生法第七十八条乃至第九十三条等所定の取消権又は否認権についてさへ、いずれも特別規定をもつてその時効期間を定めるか或は民法第四百二十六条の規定を準用する旨を定めているに拘らず、却つて前叙の如く民法の詐害行為取消権とその目的及び要件を異にする国税徴収法第十五条の取消権にのみこの旨の規定が存しないこと及び同法第十五条において詐害行為の取消を請求し得る時期を「滞納処分を執行するに当り」と定め、租税債権自体が消滅時効等により消滅しない限り、滞納処分執行のため必要ある場合は随時取消権を行使し得る趣旨を明かにしたものとも解し得られる表現が用いられていること等を併せ考えると同法上の詐害行為取消権については民法第四百二十六条の類推適用は許されないものと解するのが相当である。そうすると本件詐害行為取消権について民法第四百二十六条の適用あることを前提とする被告等の時効の抗弁はその余の点につき判断するまでもなく理由がないので採用することはできない。

以上の如くであるから訴外田中保と被告等との間になされた本件不動産の売買契約は詐害行為として取消しを免れず、従つて被告等のなした右売買による所有権移転登記はその登記原因が無効に帰するものと云はねばならぬ。よつて原告が右売買契約の取消しを求め、且被告等に対し右所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、同法第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 池畑祐治)

目録

玉名市繁根木字宮中二百二十二番の一

一、宅地 百五十坪

玉名市繁根木字宮中二百二十二番の一家屋番号大字同第八五番の二

一、木造瓦葺三階建店舗兼居宅一棟

建坪 五十一坪四合一勺

外二階 三十二坪九合二勺

三階 三十四坪一合八勺

右附属

一、木造瓦葺二階建工場一棟

建坪 二十九坪二合一勺

外二階 十二坪

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